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福岡高等裁判所 昭和25年(う)607号 判決

控訴人 被告人 甲斐士喜太郎

弁護人 菅野虎雄

検察官 宮井親造関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人菅野虎雄並びに被告人の控訴趣意は末尾に添附した書面記載のとおりである。

弁護人の控訴趣意第一点について。

横領罪の目的物は犯人の占有する他人の物であることを要件とし必らずしも、物の給付者において民法上の返還請求権を有することを要件としないのであるから、たとい不法な原因のためであるにせよ、他人から金銭を預つて保管中これを擅に費消するときは刑法にいわゆる横領罪の成立することは明らかである。

原判決の確定した判示第一の各事実は、被告人は(一)石浜米吉と共謀の上、昭和二十二年十一月中旬頃、大海忠三郎から預かつた米買受代金中千円を、(二)単独で昭和二十三年一月二日頃、同人から預かつた米買受代金中七千円を、いずれもその頃擅に自己の用途に費消横領したものであるというのであつて、被告人が大海忠三郎から交付を受けて被告人の占有に帰した本件各金銭は米の闇買のために預かつたもので、たとい同人において不法な原因のための給付として、その給付したものの返還請求権を有しないものであるにせよ、同人から受取つて保管していたものであるから、被告人の物でもなく、又所論のようにそれが代替性を有し特定物の寄託ではないからといつて直ちにその金銭が被告人の物であるということもできないので、右金銭は被告人の占有する他人の物であり、その給付者たる大海忠三郎において民法上返還請求権を有すると否とを問わず被告人がこれを擅に自己の用途に費消した以上、横領罪を構成するものといわねばならない。

されば原判決が前掲判示事実を刑法第二百五十二条第一項の横領罪に問擬処断したことは正当であつて、論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意について。

被告人は縷々陳述しているがこれを要約すると、被告人に対する本件起訴は虚偽の内容に基くもので捜査官憲が三栄丸事件を隠蔽するためにした不純な動機に基ずくものである。大海忠三郎からの預り金については、藤本広蔵の仲介により既に示談解決しており、そのことは同人の昭和二十五年二月九日原審公判廷における証言によつて立証されておるし、又原判決の認定しておる判示第二の窃盗の点も谷口伊八の予かじめの承諾の下に判示衣類を持ち出したもので、何等罪とはならないのに被告人に対して有罪の認定をした原判決には事実の誤認があるという趣旨に帰する。

しかし、犯罪後に、被害を弁償してもそれは情状に考慮されることは格別、犯罪の成否に何等の消長を及ぼすものでないことはいうまでもないし、又、被告人が予じめ谷口伊八の承認を得ていたとの点については記録を精査してもこれを認めるに足りる証拠は発見できない。

そして、原判決の挙示している各証拠を綜合すると、原判示の各事実は優にこれを認めることができるので、原判決には所論のように事実の誤認があるということはできない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第六点について。

しかし、本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢、境遇、並びに犯罪の情状及び犯罪後の情況等を考究しなお所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑の量定はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので論旨は採用することができない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い本件控訴を棄却し訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石亀 裁判官 大曲壮次郎 裁判官 吉田信孝)

弁護人菅野虎雄の控訴趣意

第一点 原判決ノ第一ノ横領ノ点ハ無罪ト信シマス。

米ノ売買ハ禁止セラレテ居マスカラ米買受ノタメノ代金ノ交付ハ不法原因ニヨル給付デ其返還ヲ請求スルコトハ出来マセヌ。

不法原因ノ給付ト雖モ其所有権ヲ失ワザルニヨリ横領罪ノ成立ニ欠クル処ナシトノ判例ハアリマスガ本件ハ金銭ノ交付ニテ旅費等ノ実費モ含ミ居リ消費寄託ニテ特定物ノ寄託デハアリマセヌカラ横領トハ為リマセヌ。

第六点 原判決ハ刑ノ量定重キニ過ギルト信ジマス。

第二ノ窃盗ノ点ハ犯罪事実ニ争ハアリマセヌガ、知人ノ間柄ニテ被害者モ罪ヲ追究セズ弁償ノ意思モアリ、其動機ニモ同情ノ値ガアリマス。一年ノ刑ハ重キニ過ギルト信ジマス。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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